国土交通省の聞き取りと公表方針
国土交通省航空局は、ボーイング社と米連邦航空局(FAA)に対し、修理ミスの事実関係について1年以上にわたって聞き取りを実施した。
現在、聞き取り結果の公表内容は調整段階にある。
金子恭之国土交通相は、聞き取り結果の背景事情を公表する考えを示し、精査と確認が完了次第に公表すると述べた。
同相は2024年4月25日、2025年8月25日、2026年8月25日の各閣議後会見でこの方針を繰り返し表明した。
圧力隔壁の修理ミス
1978年6月26日、伊丹空港での尻もち着陸事故後の修理において、接合板(スプライス・プレート)を本来1枚であるべき箇所を2枚に切断・鋲止めした。
この修理により、圧力隔壁の強度は設計時の約70%に低下した。
修理後の検査では不備は発見されず、金属疲労が進行した。
1985年8月12日夕方、圧力隔壁が破断し機内空気が後方に流出した。油圧系統と垂直尾翼が損傷し、制御不能に至った。
修理指示書は1枚の継ぎ板使用を指示していたが、実際には2枚に分割して取り付けられたことが後に判明した。
未公開の写真には2枚の板をまたぐ切断痕跡が写っており、切断が行われたことを示唆している。
調査と評価
- 1985年の調査で修理ミスが事故原因と判明したが、背景は長年不明のままだった。
- 1987年6月、旧運輸省航空事故調査委員会が最終報告書を公表。接合板2枚使用の理由は記載されていない。
- 米国側(NTSB、FAA)の調査チームが参加し、金属疲労専門家トム・スイフトが約13,000回の寿命試算を提示した。
- 調査結論は、圧力隔壁の不適切修理が主要原因であり、金属疲労が破断を引き起こした。
- 米国と日本の法制度の違いがボーイング側への聞き取り障壁となった。米国では過失で刑事責任を問わない。
ボーイング社の情報提供と対応
- 2024年8月:自社サイト上で修理ミスの背景に言及。
- 2024年9月:安全教育コーナーで「構造上取り付けが困難だったため」2枚にしたと説明し、同月に公式サイトでも同理由を再提示。
- 2024年12月12日:修理ミス原因の記述を自社サイトから削除し、日本航空に「混乱を招いた」と謝罪。削除後はFAAへのリンクのみを掲載し、情報提供を限定。
- ボーイングは修理ミスは事故時の衝撃によるものであり、金属疲労の痕跡はないと主張した。
日本航空の事故機とその後の対応
事故機はボーイング747SR-46(機体記号JA8119)で、1985年8月12日に群馬県御巣鷹に墜落した。
乗客乗員524人中520人が死亡し、4人が生存した。単独機として世界最悪の死亡者数である。
事故後、日本航空はボーイングに修理ミスの背景事情を問い合わせたが、回答は得られなかった。
2006年4月に安全啓発センターを開設し、残骸の一部を展示した。
毎年8月に遺族・関係者が慰霊登山を実施している。
公表・情報開示の課題と今後の方針
修理ミスの背景公表は40年越しに初めて実施予定である。
国土交通省はボーイングとFAAに対し、公式サイト記述の根拠や背景情報の更なる提供を求めている。
公表内容は現在調整中であり、精査結果が出次第発表される予定である。
安全対策と教訓
- 圧力隔壁の修理手順と検査体制の見直しが必要。
- 金属疲労の評価と飛行回数管理の重要性が指摘された。
- 2023年の羽田空港衝突事故やパイロット飲酒事案が安全管理の継続的課題として指摘されている。