2026/06/28

忘れるのも本来はエネルギーが要るものよ

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※画像はイメージです。本文と直接の関係はありません

タイトル: 鍵穴の余韻

机の引き出し底に、手のひらに収まる銀色の小さなケースが隠されていた。私――ミユが呼び出す「記憶受信装置」だ。細い鍵を差し込むと、遠くで鐘が鳴り始め、ケースの表面が微かに揺れた。光と音は、まるで星の瞬きのように揺らめく。

鍵は過去への許可証。毎朝、古びた日記を開くと、文字の波動がケースに触れ、内部の小さなエナジーセルがほのかな電流を走らせる。光は感情を映し、青は悲しみ、橙は喜び、赤は怒りを映し出す。音はその強さを告げ、胸の中で色と音が踊る。

「忘れるのも本来はエネルギーが要るものよ」と呟くと、ケースは小さく光り、鐘は低く鳴った。鍵を回すたびに、光は私の笑い声の輪郭を描き、雨音と混ざり合う。その光景は、ページが震えるたびに現れた。

受験の重圧で日記に触れる時間は減り、鍵は引き出しの奥へ沈んだ。テストの結果が返ってくるたび、胸の中で時計の針が速く回る感覚が走った。期待と不安が交錯し、昔海辺で聞いた波の音は遠くの記憶の中だけで柔らかく鳴っていた。私は自分の中に二つの時間――未来への焦りと、幼い日の光と音――がぶつかり合っていることに気づく。

ある晩、眠れずに灯りをつけてページをめくると、紙の音がケースに届き、淡い青の光が走った。幼い日の海の匂いが、光と音の交錯の中で鮮やかに甦った。潮の匂いと遠くで鳴る鐘の音が混ざり、胸の奥に温かな波が寄せては引いた。

次の朝、私は「もう開けたくない」と叫んだ。受験のプレッシャーと、忘れたくない過去の優しさが胸を締め付け、涙が止まらない。鍵を外すと、エナジーセルは私の感情の爆発に耐え切れず、過負荷の警告光を放った。その瞬間、光と音が一斉に解放され、鐘は静かに消え、ケースは銀の粒子となって机の隅に散らばった。

散らばった粒子の中に、一粒だけ形を保った鍵が残っていた。私はそれを拾い上げ、日記を閉じた。鍵はもう回せない――装置は壊れた。しかし、胸の奥に小さな火が灯ったことに気づく。忘却は、装置の力に頼ることではなく、心の中で自ら作り出す温もりだった。過去の色は薄れたとしても、そこで感じた感情の余韻は、静かに私の心を温め続ける——それが、忘れることの優しさだった。

忘れるのも本来はエネルギーが要るものよ