2026/09/05

9月5日は国民栄誉賞の日!王貞治氏から始まる制度の光と影


9月5日と国民栄誉賞

9月5日は「国民栄誉賞の日」とされています。これは、1977年9月5日に王貞治氏が日本で初めて同賞を受賞したことに由来します。

国民栄誉賞の制度と概要

国民栄誉賞は、1977年8月30日に創設された内閣総理大臣表彰の一つです。「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった者」を讃えることを目的としています。

制度の創設は当時の福田赳夫首相が主導しました。既存の「内閣総理大臣顕彰」ではプロスポーツ選手への適用が困難であったことや、当時の叙勲基準である70歳に王貞治氏が達していなかったため、同氏への表彰を目的として急ピッチに新設されました。

選考は内閣府大臣官房が事務を遂行し、民間有識者の意見を聴取した上で内閣総理大臣が決定します。授与内容は、正賞として表彰状および盾、副賞として記念品または金一封が贈られます。なお、金一封の授与実績は2021年時点でゼロです。

王貞治氏の業績と心理的影響

王氏は1977年9月3日に通算756号本塁打を放ち、ハンク・アーロン氏の世界記録を更新したことが直接的な要因となり、第1号受賞者となりました。選手としては、荒川博コーチの指導による「一本足打法」の導入で成績を飛躍させ、史上初の2年連続三冠王(1973-1974年)や、世界プロ野球史上最多となる通算868本塁打を記録しました。

引退後は巨人、ソフトバンク、WBC日本代表の監督を歴任し、文化功労者(2010年)、文化勲章(2025年)、台湾一等景星勲章(2026年)を受章しています。

その一方で、記録達成後の過密な行事により集中力が低下し、1980年の引退を早めたという分析があります。王氏は後年、世界記録の達成が野球人生をスポイルしたと回想しています。

受賞者の傾向と具体例

約49年間の受賞実績は28人と1団体に及びます。日本国籍の所持は要件に含まれておらず、中華民国籍の王氏が唯一の非保持者です。また、没後受賞者が12名存在し、芸能人や文化人に多い傾向があります。

特筆すべき受賞者は以下の通りです。

  • 山下泰裕:日本人で初めて存命中に受賞
  • サッカー日本女子代表(なでしこジャパン):2011年に団体として初の受賞
  • 国枝慎吾:パラスポーツ選手として初の受賞
  • 羽生結弦:個人最年少記録
  • 森光子:存命中の最年長記録
  • 高木美帆:日本女子選手最多10個のメダル獲得などで2026年に受賞

副賞の記念品には、高木美帆氏への包丁10本セット、吉田沙保里氏への直径13ミリの金色の真珠ペンダント(13連勝にちなむ)、なでしこジャパンへの熊野筆の化粧筆セット(選手・スタッフ全員分)などの例があります。

辞退者と制度的な課題

受賞の打診を辞退した事例には、以下の理由が挙げられます。

  • 羽生結弦:被災地と共に取れた賞と考え、個人の気持ちを出したくないため副賞を辞退
  • 福本豊:記録だけでなく「広く国民に愛される人物」であるべきとの解釈により辞退
  • イチロー:現役であることや、王氏のような「スポイル」への懸念から計4度の打診をすべて辞退
  • 大谷翔平:「まだ早い」として辞退

制度面では、明確な法律上の基準がなく総理大臣個人の判断に依存しているため、評価基準が曖昧であるという課題があります。また、政権浮揚やスポーツウォッシングであるという批判が存在します。ただし、2021年のNHKの調査では、授与による内閣支持率の上昇例は少なく、政権浮揚効果はほぼないと結論づけられています。