2026/09/07

辺野古移設の現状と2026年沖縄県知事選の争点を読み解く


辺野古移設計画の経緯と現状

1996年4月、日米両政府および日本政府は普天間飛行場の全面返還に合意しましたが、29年が経過した現在も危険性の除去は実現していません。辺野古への移設については、1999年に自民政権が閣議決定し、同年11月に沖縄県と名護市が辺野古沿岸域を移設候補地として公表しました。12月には名護市長が条件付きで受け入れを表明しています。

その後、2010年5月に民主党・鳩山由紀夫政権が再閣議決定を行いました。同政権は県外移設を模索しましたが断念しています。2013年12月27日には、当時の仲井眞弘知事が埋め立てを承認しました。

移設を巡る技術的論点と那覇空港の利用問題

辺野古移設計画は、宜野湾市から名護市辺野古沿岸部へ移設するものです。これに対し玉城デニー知事は、軟弱地盤の改良工事が必要であり、技術的に完成の見込みがないため普天間の代替にならないと主張しています。

また、米国防総省の文書には「辺野古より長距離の滑走路(3000m級)を日本政府が選定しなければ普天間は返還されない」と明記されています。日米政府は2013年に緊急時の民間空港利用で合意しましたが、玉城知事は平時の使用による過密状態や避難手段の喪失を理由に、これを「絶対認めない」としています。一方で中谷元防衛相は、那覇空港第2滑走路の早期完成を例に、辺野古も県が努力すれば早期実現できたと主張しています。

2026年沖縄県知事選の争点と候補者の姿勢

2026年9月13日に投開票日を迎える沖縄県知事選では、玉城デニー氏と古謝玄太氏を含む6名が立候補しており、事実上の一騎打ち状態となっています。

現職の玉城デニー氏は、平和を守るため辺野古新基地建設に反対し、普天間の即時運用停止・閉鎖・返還を公約としています。協議体「SACWO(サコワ)」を設置して対話による解決を図っており、新たな「戦前」が持ち込まれようとしているという危機感から3選を目指しています。

新人の古謝玄太氏は、最も早い危険性除去の方策として辺野古移設を容認する立場です。ただし、那覇空港の平時使用は現時点で認めないとしています。また、「国を悪者にするだけでは沖縄は変わらない」とし、県民所得倍増を掲げて経済や福祉など多角的な争点を提示しています。自民、維新、国民、参政、保守、公明の推薦を受けています。

投票傾向については、期日前投票者が前回同時期を2.23万人上回り、有権者の6.25%に達しています。

玉城デニー氏に関する情報の検証

SNS上で、玉城デニー氏が「辺野古移設を決めた」「英断と称賛した」という主張がなされていますが、RBCおよび沖縄タイムスの検証により、これらは誤りであると判定されました。これらの主張は、基地問題を全国に提起した鳩山元首相への評価発言を切り取ったものです。

事実関係は以下の通りです。

  • 1999年の閣議決定時:議員ではなかった。
  • 2010年の閣議決定時:地元合意がないとして反対し、テニアン案を提案した。
  • 2013年の埋め立て承認時:生活の党に所属し、公約違反として反対した。