2026/07/09

土の中の声

記事イメージ
※画像はイメージです。本文と直接の関係はありません

山裾の斜面に小さな農場があり、柔らかな風が野の花を揺らす。土は湿った空気に包まれ、緑が息づく季節だ。

祖父は古びたガラスの瓶を差し出し、赤いジャムと一本の種を見せた。「幼い頃作ったジャムに、君への芽生えの約束を込めた」――そう言って、瓶を彩の掌に預けた。

数年後、彩は都会のアパートで働きながら、瓶を棚の上に置いた。蓋を開け、残りのジャムを少し舐め、底にひっそりと沈んでいた種だけをすくい上げて小さな鉢に植えた。種の表面には、かすかな蝋の印が残っていた。水をやり、陽だまりを浴びさせると、数日で芽が顔を出し、やがて緑の葉が広がった。

葉が伸びきると、野の花と同じ姿をした一輪が静かに顔を上げた。花びらが開くと、中心に薄いカードが隠れていた。カードには淡い筆跡で「ずっとそばにいる」と書かれている。裏面には続きがあった。

「君が芽吹くまで、静かに見守っていた」

「でも、土の底で待ってたんだよ」

その文字を見たとたん、彩の頬に温かな涙がこぼれた。すると、土の中から小さなささやきが聞こえてきた。

「ごめん、乾燥してたんだ」

祖父の茶目っ気のある笑いが、まるで小さな妖精のように土の中から返ってきた。はるか離れた都会でも、祖父は確かに「そばに」いたと、彩はにっこりと笑った。