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春の朝、淡い青空と桜の花びらが舞う古本屋の店先に笠井が立っていた。昨日仕入れたレコードのジャケットを眺めながら、番号「7‑3‑9‑2」に隠された暗号を解くのが趣味だ。番号は何かを指し示すように並んでいる。
店の奥から屋根の隙間に滴が落ち、湿りが鼻をくすぐる。棚の下に白いページがひらりと落ち、彼はそれを掴んで開くと、淡い墨がゆっくりと流れ出し、まるで小川のように字が浮かび上がった。
「町のざわめきが重くなると、はるか彼方にささやきが届く…」と。
笠井はレコードの番号と文中の番号が呼応していることに気づく。七つ目の句、三行目の語句――暗号をたどると、ページの裏にかすかな筆跡が浮かび上がった。そこにはかつて自らが書いた日記の一節が重なっていた。
「かつて、旋律と共に歩んだ日々。書くことで重さが軽くなる」と。
かつての彼は旋律に没頭し、筆を置くのを忘れていた。笠井はその筆跡が自分のものだと悟り、ページは静かに閉じた。薄い霧のように揺らめきながら棚の奥へと消えていく。滴が止み、彼はレコードの針を戻し、明かりの下で本を新たな視点で見直した。筆先が思いのほうが軽く感じられた。
そのとき、裏側から微かな響きが漏れ出し、かつて自らが口ずさんだメロディと同じだった。レコードの溝にその響きが刻まれていたかのように。刹那、彼は暗号と旋律が自分自身へ向けたメッセージだと悟った。
新たな日が始まり、桜の花びらはまだ静かに舞い、彼の歩みは軽やかだった。